HISTORY

僕たちはここに新しい暮らしのあり方をみんなでわくわくしながら創造していく、そんな人の集まるオープンな   場所を作ろうと考えています。

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2018.06.02

わとやフェス

今年は焚き火を囲んでのスペシャルライブや大多喜町役場による移住相談ブースの設置など昨年と比べて

パワーアップ!

美味しいものを食べながら、ゆっくりと音楽を楽しむ♪

地域の方、都心からお越しの方、子ども達、ご年配の方・・・。

みんなの笑顔が溢れる、元気になれる、そして来てよかったあ!と心から思えるそんな機会をつくっていきたい。

2018.04

東屋「ゆめがたり」完成!

新しく中庭に東屋が完成。小上がりの部分で夕日を眺めながらのんびり語り合ったり、カウンターでコーヒーを

飲んだり。大型グリルで本格的なバーベキューもできちゃう!新しくなったわとやでゆったり時間を楽しもう。

2018.03

わとやで初のお醤油絞り。みんなで1年かけて作ったお醤油を絞った時の感動はひとしお。

その後、絞りたてのお醤油で食べる、お刺身、卵かけご飯。うーんっ、最高!!

そして朝にはお餅つきも!お醤油を堪能しました。

2018.02

手打ちうどん試食会

うどん職人である中村剛さんが手打ちうどんを作ってくれました。

うどんの刺身と称しお醤油だけで食べたり、釜揚げにしたり、けんちん汁に入れたり。

打ち立てのうどんはコシがあって、塩加減も最高!

寒い中でのうどんは身体も心もほっこり、あたたまる〜。こんなふうに地域の方々ともわとやの空間でうどんを食べたい!

近々イベントも開催する予定なのでお楽しみに〜⭐︎

2017年

日頃の感謝の気持ちを込めて、また地域の方たちとの交流を深めるために「新米を食べる会」と称し、わとやを無料開放しました。

デッキやこたつでのんびりしたり、羽釜でお米を炊いたり・・・ゆったりほっこりした時間。

オーガニックで育てた新米とみんなで持ち寄ったおかずの相性は抜群!

2017年

今年で二回目のわとやフェス。もちろん今年のテーマも「WA-NO CHIKARA」。

とてもクオリティーの高いイベントになった。

2017年

2年前から参加していた醤油づくり、今年からわとやで参加したい人を募集し樽を管理する事に。

2017年

金工アーティストと茶人を招き、茶道具の菓子きりづくりと体験お茶会の開催。

2017年

薪小屋づくり。

この小屋が出来上がる事で、次の計画が進むことになる。

2017年

都内にある木材店とのコラボで母屋の脇にタイニーハウスを建てる。

2016年

わとや運営始まって以来の結婚パーティーを開催。

2016年

わとやを無料開放し、新米を食べる会と称して地域の方たちに集ってもらい楽しい一時を過ごす。

これも「WA-NO CHIKARA」です。

2016年

わとや運営が1周年を迎えるにあたり、かねてより考えていたわとやフェス「WA-NO CHIKARA」を仲間と企画、実現。

会場には年齢、性別、地域を超えて沢山の来場者を迎え大成功に終わる。

2016年

通常の予約で宿泊されるお客様以外に、貸し切りの合宿で利用したいという要望が少しずつ増える。

特にリトリート系の箱としてはマッチしている。

2016年

子供たちのために遊具を作りたいと名乗りを上げてくれた皆で滑り台を作る。

2016年

地域のプロフェショナルな方たちの力を借りて、宿泊のお客様に対してワークショップなどを開催。

これもWA-NO CHIKARA。

2016年

敷地内への未舗装道路の舗装工事。

2016年

母屋内の少ないスペースを補うため、裏に物置のスペースを新設。

2015年

わとや運営開始以降は通常の宿泊のお客様を受け入れる以外に、地域の仲間たちの力を借りながらイベントとして「わとや食堂」「わとやBar」等を企画して沢山の人たちに楽しんでもらう。

2015年

およそ2か月間・怒涛のリノベーション工事が終了し母屋が完成する。

そして屋号を「わとや」とし、ここがWA-NO CHCIKARAの大きな結晶となり、軸として機能していく。

この工事に関わってくれた全ての人たちには感謝してもし尽せない想いがある。

2015年8月10日 古民家ゲストハウス・わとや運営開始。

2015年

解体作業が終わり、ここからいよいよ母屋が生まれ変わってく作業が始まった。

多い日には皆の力で繋がったプロフェッショナルが5名ほど、ボランティアが20名ほどという大所帯でリノベーション作業は進められていく。

毎日がアドレナリン出まくりの祭りのような日々が続く。

2015年

しっかりと温めてきた計画、すべてをかけた母屋フルリノベーション工事がいよいよ始まる。

まずは母屋の解体作業から。

この計画の実行と並行して、ゲストハウスとして運営していく事を決断し、諸々の手続きにも入り、保健所への申請上は農家民宿として申請を進める。

2015年

離れ1階部分のぼっとん便所も全て撤去して、水洗トイレを新設。

この作業も全て自分たちで行う。

なにしろ出来る事は全て自分たちでやる。

2014年

母屋の天井裏に潜入を試みる。

益々フルリノベーションへ向けての構想が広がり、現実味を帯びてきた。

この空間をどう活かすかが、大げさでなくこの計画が成功するか否かを左右させる。

2014年

田んぼから自噴しいている湧水を有効利用するために配管して水の取り出し口を移動させる。

2014年~2015年

離れ一階部分のリノベーションは、解体後にロケットストーブを作り、壁を新たに張り、下地を作り、漆喰を塗り、タイルを貼った後にフローリングまで。

2014年

確実に田んぼとして使える面積が増え、田植えも形になった。

無事に収穫を迎える事も出来た。

田んぼづくり、田植え、雑草取り、収穫、天日干し、脱穀までの作業は一切の機械を使わずに全て手作業で行う。

先人たちがどんな苦労を重ねて米を作って来たのかを知るためだった。

2014年

離れ一階を快適空間にするために、また来たる母屋のリノベーションを想定し、皆で暖を取るための手段を話し合う。

そしてロケットストーブのプロトタイプを作成する事にした。

2014年

2013年から続けている開墾作業で、少しずつこの場所が田んぼに戻っていく。

相変わらず都心から週末だけの通い作業でなかなか進まないが、それでも草刈り後は一切の機械を使わずにスコップを手にご覧のように耕起していく。

かなりしんどいが、何かに取り付かれたように没頭する。

2014年

母屋の横にある離れ一階部分の整理・解体スタート。

まずはこのスペースを快適空間にする事で、母屋のフルリノベーションに繋げたい。

時間のかかる作業だが、やるしかない。

そして、この頃から本格的な母屋のリノベーションをイメージし始める。

2013年

休耕田の開墾が進む中、他の田んぼで余った苗が手に入る。

皆と相談した結果、急ごしらえの狭い範囲で湧水を引き込み、田んぼとは言えないようなコンデションではあったが、思いがけず僕たちにとって初めての田植え・米作り。

そして収穫の時を迎え、ほんの僅かながらの収量に歓喜する。

WA-NO CHIKARA が一つ形になった瞬間。

2013年

皆が集り、斜面と家の間の何も無かったスペースに資材置き場を作る。

2013年

雑然としたこの場所が現在のわとやと同じ場所だとはとても想像しにくい。

2013年

大勢の仲間たちに助けられて開墾作業と母屋の整理は続き、人が集まるための場所づくりが少しずつ進む。

この頃からWA-NO CHIKARAプロジェクトが動き出す。

皆の力が無ければ、間違いなく今のわとやは存在しない。

2013年

田んぼの開墾作業を続けながらも住むための家を探す。幸運にも集落の一番の高台にある空き家を使う事を許されるが、大量のゴミにうんざり。仲間たちの力を借りてゴミの撤去と大掃除に取り掛かる。

2012年 

都会の暮らしに違和感を覚え自分のフィールドを探すために行動を開始すると、奇跡的な事が重なり運命の場所に出会う。およそ2000坪の休耕田を使用する事が許され、開墾作業をたった一人でスタートさせる。

週末を使い、都心から大多喜へ通う生活。

すべてはここから始まった。